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第二章
僕はいつもこの川辺で世界の終わりを待っている。最初に言い出したのは夢乃だった。あの日、声を掛けた僕を見て夢乃はとても驚いた顔をしていたけど、何も言わずいつものように岩場にしゃがみ込み、静かに水の流れを眺め始めた僕に、何事もなかったかように彼女はいつの間にか僕を受け入れてくれた。その日二人は沈黙がひたすら続く中、ただ渦を巻く水流の中心を眺めて過ごした。
夢乃は毎週金曜日にこの場所に現れる。今日もまた僕は夢乃に一声を掛け、彼女と少し距離を離して座った。僕は一言も話さないけれど、何回か顔を合わすようになると、夢乃がポツリ、ポツリと自分のことを話すようになった。
いつだったか彼女がこう言っていた。
「私ね、ここで世界の終わりを見ようと思ってる。学校も、家も町も全部なくなるところが見たい。もし、その時が訪れてもここは港の外れだから一番最後に残るかもしれないじゃない?だから通っているのよ。…あなたは何故この場所に来るの?」
そう言って僕の方を振り向いた彼女の綺麗な瞳に吸い込まれそうになりながら、僕はそれを答えることが出来なかった。僕は何故ここに来てしまうのか、自分でもずっと昔に理由を忘れてしまった気がする。何の反応もない僕に、彼女はゆっくりと視線を戻した。そして虫の音のように小さくため息を吐いた。
「…私と同じ理由だったらいいのに。」
悲しそうに、でも穏やかな表情を一瞬僕に向けた夢乃を見て、僕は彼女の理由を僕の理由にしようと決心した。
その日は登校日だった。僕は久しぶりに夢乃の笑顔を見た。やはり眩しくて、あの川辺のときの彼女とは全く想像もつかない。僕は奇妙な優越感を持ったが、それは自分の中の奥底にぐっと押し留めた。僕は彼女の笑顔を見ながら、その笑顔は彼女の本当の素顔ではないことに改めて気がついた。無理して笑っている訳ではない。自然体で、誰もが魅せられるような笑顔だが、それはまるで笑顔の仮面を被っているようなのだ。
夢乃の素顔はあの川辺のときが本物で、普段はニセモノの笑顔の仮面をつけて生活しているのだろう。僕は夢乃に今までにない以上の親近感が沸いた。実際、僕と夢乃は似ていた。誰も来ない廃れた町外れの港を好み、何てことのない水の渦を一日中眺めることが出来る。学校では全くと言っていい程接点はない二人だが、僕には彼女と同じように仮面を持っていた。
僕の仮面は“普通の人間”という仮面だ。彼女と一つ違うのは、僕はその仮面を今まで一度も外したことがないということだ。家でも、学校でも、勿論夢乃といても。誰の前でも、僕は仮面を取ることはない。僕の仮面は、僕の心に出来た黒い穴が大きく関係している。
僕は今まで自分という認識をあまり気にせず生きてきた。自分について考えることを無意識に拒否してきた。無関心を糧に、僕は心に蓋をしたのだ。そうして自分なりに“本当の姿”を隠してきた。誰にも見せず、誰を見ようとも思わなかった。僕は“普通の人間”の仮面を被り、いつかそれが取れてしまうのを恐れて十五年間を生きてきた。今、僕の心の蓋を外せば穴が半分ほども開いた黒い塊のような心が現れるだろう。仮面が外れてしまったら僕は人間ではなくなるかもしれない。僕の“本当の姿”というのは多分、心が空っぽの人の形をした器でしかないのではないか。
しかし、この心の穴が心のスペースを埋め尽くしてしまえば、いずれにしろ人間ではなくなる日が来るのだ。僕はそれが酷く恐ろしい。でもそうなってしまえば何も考えることなく楽になれるのではないだろうか、と矛盾した期待をしている自分がいるのも確かであった。もし、人間でいられなくなるその日が来たら、あの場所で夢乃と一緒にいられたらいいと僕は考える。彼女の横顔を見つめながら、終わりを迎えられればいいと。
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